人の心が見えたら良いのに

  • 2017.07.31 Monday
  • 15:34

こんにちは。優菜笑の時間です。

今日のお葉書は、ペンネーム「魔法だま」さんからです。

今、流れている曲は ユーミンの「優しさに包まれたなら」です。

 

<こんにちは。優菜笑さん。

私と同じ高校に、「男子硬派が良し」という感じで、男のことしか遊ばない、本当につまらない男の子がいます。

その人が生徒会に入っているので、入りたくもない生徒会活動をしています、

つまり、私は、人恋そめし始めなり。

 

無口で何にも言わないその人の心が、見えたら良いのにと毎日思っています。

友達も彼氏のことが不安になるとよく言います。

「あの人の心が見えたら良いのに」と。

携帯電話でラインでいつでも話せるのに、その人へ普通に連絡することができません。

 

どうしたら、人の心が見えるようになるのでしょうか?教えてください。>

 

はい。お便りありがとうございます。

そうですね。人の心が見えたらつまらなくないですか?

その人がどう思っているのか、どうしたいのか、どんな風に過ごしたいのか?そんなことを想像しながら、毎日を送るのも楽しいですよ。最近は、携帯電話ですぐに相手の気持ちを、聞き出す傾向にありますが、人を思う気持ちが強いと、願いが叶ったりするものです、以前は、携帯電話がなく来るか来ないか待ち人を、待ちわびたりしたものです。人を思い続けることは、素敵なことです。

 

私が好きな本の中にある物語がありました。

 

ある占い師が、お金儲けのために、安いピンクの数珠を、その人の心の中を知りたいと悩んでいる人の良さそうな女の子に、10倍で売ったそうです。占い師は「これを持っていると人の心が見えるようになる力を得ます」と。

女の子は、すっかりそれを信じて、自分が思い込んでしまったことが、好きな人の思いだと信じ込んでしまいました。

「私はこの人の心が見えるようになった」と思い込んだ女の子は、好きな男の子が話していた綺麗な年上の女性のことを、彼が好きなんだと思い込んでしまいます。女の子は、なんと駅のホームでその年上の女性を殺そうと背中を押した瞬間、杖で女の子の体は動きを止められ、女性の背中を押す殺人は失敗します。女の子が後ろを向くと髭を生やしたおじさんが「その玉はおもちゃ屋さんで妻が安く買ったもので、人の心が見えはしない。君は人の心が見えたいと思う前に、自分の心を見つめ直しなさい」と言い残して去っていった。隣にいた占い師である女性が、女の子の方へ深々とお辞儀をしていた。

こんな感じの物語でした。

人の心は見えないから良い。わかろうと思いを寄せることが大切なことであり、また、自分の心がわからない人に、人の心は見えないと思います。>

 

ペンネーム「魔法だま」さんの気持ちもわかります。

不安で不安でたまらない時、人の心が見えたら良いと思います。

だけど、人は自分の気持ちすら、自分で本当はわかってないものかもしれませんね。

あなたの素敵な高校生活は、自分を大切に思い、素直なままで送られるよう願います。

恋愛も タイミングが必要です。

恋の運命が味方してくれるその日まで。

 

では、また明日。優菜笑より。

 

 

 

 

 

ここにいるよ

  • 2017.08.19 Saturday
  • 11:47

沢山あるブログの中で、若し、私のブログに目を留めた方がいらっしゃったら、それだけでとても嬉しく思います。

私は、50歳を過ぎて、ラブレラーを書いたことがなかったことに気づきました。

人を好きになったことが1度しかなかったことを寂しく思いました。

私は、突然死がいつ来るかわからない病気です。もっと、人を愛することを恐れずにいきてくれば良かったです。

 最後に私が残したいことを、ここへ綴っていきたいと思いました。

思いを伝えられなかった人、また、中年になり若い頃の初恋を懐かしく思う方、そんな方の思いを、この場で伝えていきたいと思います。

この場所をラジオから流れる心地よい声を想像してください。大好きな人の声でも良い。 その人を偲んだ時のメロディーが流れていると想像してください。 あなたが、心の中に言えない大切な方へのラブレターや感謝の気持ち、又は、寂しいことや辛い経験などを、伝えてください。

 私はここにいるよ。あなたの居場所は、ここにある。

私には時間がありません。だから、私の残された時間を、ラジオ放送の中で流れる一通のお葉書として、伝えてたい。

明日があることを信じて。 魔法を使える魔女になれるその日が来ることを信じて。

ラジオのお姉さん

  • 2017.08.20 Sunday
  • 14:03

こんにちは。

初めましてですね。今日からこのラジオ放送を担当することになりました「優菜笑」です。

 

ここは田舎の民間放送で、多分聴いていただいてくれているのは、近所の老人会のおじいちゃん達だけかもしれませんね。

道で会った時、耳が遠くて聞こえなかったと言われそうです。

でも、意外とイケメンの青年が聞いてくれているのかもしれませんね。

 

私は、外見的には松雪泰子さんの妹さん?と言われていた時もありました。今はどうでしょう。〔笑い)

声は、常盤貴子さんを真似しています。

薄紫色が好きです。なんだか怪しい占い師みたいな人だと想像されそうですね。

もしかすると、そんな感じかもしれません。

 

私の趣味は、本を読むことです。

本が好きになった始まりは、小さい頃、あれは多分、小学校一年生の時、国語の教科書に乗っていた本でした。

女の子が外に出られないおばあちゃんに、太陽の日差しを見せてあげようとエプロンに包み込んで、おばあちゃんのお家へ持っていき、おばあちゃんの目の前で、エプロンを大事に広げて見たら、太陽の光が入っていなくて、女の子が悲しい思いをした本だったと記憶しております。

 

それから、ずっと本を読んでいるので、親から怒られる日が続きました。

私は、外に設置されているトイレの中に隠れて、汗をかきながら読んだものです。

 

皆さんの趣味はなんですか?自分の知らない世界を知っている人には、大変興味があります、

いろんな知識を教えてください。

では、今日は挨拶まで。  又、明日。

遺言かな 唄人羽

  • 2017.08.20 Sunday
  • 14:25

 

『最後に会いたい人へ』

君は元気にしていますか?僕は子供の頃、君のことを随分泣かせましたね。

それは、君の泣いた顔が可愛かったからです。

どちらからも 何も思いを伝えずに、今日まで来たことを後悔しています、

僕は君を、小学校の頃から、高校卒業するまで、君の家まで送りました。

でも、考えてみれば恋愛話を一度もしないままでしたね。

なんども同じ月を見ながら、僕と君は手を繋いだまま朝を迎えた。

 

「大学を卒業したら言おう」「就職をしたら言おう」「もう少し収入が安定したら言おう」

そうしている間に、君は誰かのところへ行ってしまいました。

 

今、死を迎えてみると、もう我慢しなくても、誰に遠慮しなくても、

「君が好きだった」と言える勇気が、今の僕にはある。

 

生きているうちに、君に会いたかった。そして、また、手を繋いだまま朝を迎えて見たかった。

儚い願いも、遺言となら、叶うだろうか この思い。

 

好きです。今でも。そして 最後まで。

 

 

この方は、死を迎えてしなった時、最後に好きな人に会いたい気持ちの中で、

この思いを、笑いながら、私に伝えてくれました。

 

これは、最期を病院で迎えている時に、「もし、お見舞いに来てくれたら、思う残すことはないんだけど」

冗談でよく言っていた言葉でした、

もし、その初恋の人が、自分が死んでから、お見舞いに来たならば、

これを伝えてほしいというメッセージを、私へ託して亡くなられました。

その後、私は、その方にお会いするはことなく、伝える事が出来ないまま、彼の思いは届きませんでした。

 

 彼はきっと来ないであろう彼女を、病院で待ち続けていた日々を送っていたと思います。

無念な死を遂げるのは、儚いものだと感じました。

 生きているうちに、好きだと言えば良かったのに、それが、出来なかったのでしょう。

生きているうちに、人へ伝えておく事も、大切だともいます。

明日、自分が死んでも良いように。

思いは 伝えておきたい。

 

「死」を迎えようとしている、大事なんこされたその時間。

言いたいワガママは言ってください。

伝えておきたいことは伝えてください。

 

人はよく「あの人は病気だから優しくしよう」とか、「もうすぐ、死ぬんだから、優しくしておこう」という人がいます。

ごめんなさい。私はそんなのおかしいと思います。

それだと、死ぬまでの短い期間なら、人に優しくしてあげても良いという事になります。

 

「死」を迎えているから、優しくして貰いたいのではなく、ずっと、生きていても、人は人に、優しくするべきだと思います。

 

最近、電子画面の中で、ラインで直ぐに思いを伝えられ酔うようになりました。

 

 ただ、思いを大切に、50年もの間、あたためてきた思いをあたためてきた思いは、

愛情の深さが違うと思うんです。。

 

 思いを込めての言葉を、大切にして欲しいと願います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラジオ放送から流れて来るハガキの投稿

  • 2017.08.21 Monday
  • 12:42

はい。今日は32歳の男性からの投稿です。

曲は ビートルズの「let it be」

 

こんばんは。

今日、とっても落ち込んでいます。

 

僕の好きな子が、今日仕事で契約に来ました。

その子の担当は僕なのに、同僚も好意を持っていて、彼女にパソコンを教えながら

笑っていたんです。

嬉しそうに、楽しそうに笑うその子の顔を見て、僕は嫉妬。

僕は、テーブルを叩くように、勢いよく立ち上がり

「今日はこれで終わりです。僕があなたの担当ですから」

と言って、彼女の手を引いてエレベーターへ乗り込んだ。

沈黙したエレベーターの中で、僕は彼女に告白をしようとした。

しかし、チャンスを逃した。

悲しいことに、僕の部署は2階。

すぐに一階のフロアーが見えて、彼女は静かに頭を下げて、玄関のドアを開けた。

僕は外で見送りながら、ビルの一番上を見上げた。

 

僕がせめてこのビルの10階だったら、言えたかもしれない。

そこへ辿り着けば、君に遅れるだろうか? 指輪を。

 

今は let it be。 頑張ります。

 

「はい。お便りありがとうございました。10階へ行く前に、同僚とうまくやってくださいね。それから、彼女はどんな気持ちだったんでしょうね。人は優しさや思いやりが伝わると、情が生まれて好きになる時もあります。あなたに優しさがあれば、指輪を渡せる時が来るかもしれませんね。又、お便りお待ちしております」

 

 

 

あんな大人にはなりたくない

  • 2017.08.22 Tuesday
  • 21:21

>こんにちは。優菜笑の時間が来ました。

今日は、ピンク色のガーベラが1輪飾られています。

やっぱりお花は良いですねー。癒されます。

さて、今日のお便りは、ペンネーム「島へ行きたい」さんからです。

今流れている曲は、ゆずの「栄光の架け橋」です。

 

優菜笑さん。初めまして。

今日仕事場で嫌なことがありました。

60歳のおばさん看護師が、ターミナルの方の前で、新人を虐めていました。

 

自分が仕事をしたくないのか、家庭の不満があるのか知りませんけど、そのおばさんは、毎日イライラしています。

そして、暇があると新人いじめをしているのです。

 

余命わずかなターミナルの病室で聞く罵声は、ほど私の心を痛めておりました。

今日、そのターミナルの患者さんが言ったんです。

「余命あと行く場もない者の前で、そんないじめをするな!日本女性は奥ゆかしさがあってこそ綺麗なんだ」と。

そして、こう付け加えました。

「俺の残りの時間を無駄にするな!」と。

本当にそうです。大切な時間を、もっと癒されながら過ごしてもらいたい。

優菜笑さん 私はあんなおばさんにはならない。

新人いじめはしない。人の命をなんだと思っているんだ!っていつか言いたいです。

人を虐めても、苦痛を味わせても何にもならない無駄な時間だと思います。

私は あんな大人にはならないと心に誓いました。

 

>はい。ありがとうございました。

確かにそうですね。そんな大人にならないでください。

人の命は永遠ではありません。だから、患者さんの残りの時間を大切に過ごして貰いたい物です。

患者さんだけではなく、人は人に無情の愛を差し伸べれば、きっと、攻撃する人はいなくなるでしょう。

人は人で変わる者です。私はそう信じています。

あなたが60歳になった時、きっと、優しいあなたの背中を見て、若い子が育って行くでしょう。

私はそう思います。

良い架け橋へと繋がる明日を信じて。

 

雪だるまが溶ける頃 第3章ー生かされているのは苦しいのよ。1

  • 2017.09.17 Sunday
  • 00:45

JUGEMテーマ:幸福に生きる

 

 

第2章 沙希とのお別れ −2

 

生かされているのは 苦しいのよ 1

 

 冨士ヶ丘から2駅先にある澤村病院に、入院したままの沙希の病気のことを、お婆ちゃんが教えてくれた。

今は、感染しやすい重い病気になっているらしい。

最初は成長痛、そして筋肉痛と言われ、腫れがひどくなってくると、関節炎と言われたけど、本当は骨の癌だったらしい。

田舎には最善の治療はなく、診断がつくまでにも時間がかかり、正しい診断をしてくれた医者は優のおばさんだった。

 

 沙希のお見舞いに行けるようになったのは、入院してから2年後だった。

日曜日の午後2時、この面会時間は、沙希から設定された。

 

 人工呼吸器と言うものが、沙希の呼吸を助けている。

だから、お喋りも出来なくなり、私達は、五〇音順が書かれた文字盤を使って、お喋りをした。

時々、何となく、笑ってくれる沙希の笑顔を見て、私たちが安心するというだけの、ひと時に過ぎなかった。

しかし、それでも、その笑顔を見たくて足を運んだ。

 

 五〇音が書かれた文字盤を、沙希の目の前にみせて、指でさしていく。

言いたいことの所にビンゴすると、沙希が目を、1回パチッと閉じて合図する。

違うときは、パチパチと、2回アイコンタクトで会話する。

隆弘が文字盤を持つと、沙希は嬉しそうな顔で待っている。

よって、必然的に隆弘は、文字盤によるコミュニケーションが上手い。

少しだけなら字も書ける。

隆弘は沙希にペンを握らせ、沙希の左手に自分の手を添えた。

沙希の右手はもう動かなくなっていた。包帯が巻かれていた左足はない。

なのに時々足がついている気がするらしい。

左手の近くにメモ帳が置かれている。

そのメモ帳には、ほとんど読み取れないミミズ文字が、なにかを訴えたくて並んでいる。

自分で動くことも出来ないので、看護師さんが向けた横を向いたまま、隆弘の力を借りて、メモに書き記した。

「こ・え」

「声?」優と目があった。次に何を書こうとしているのか怖かった。

「か・わ・い・か・っ・た?」

一瞬、みんな黙ってしまった。

沙希が寝ているベッドのそばに居たくて囲っていたのに、何となく答えに戸惑い、少しだけベッドから体を離した。

隆弘は、沙希の目線から反らし、床の方に目をやった。

そして、沙希と一緒に持っていたペンを、沙希の手を握るように包み込んで伏せた。

「・・・・・・いや、普通だ。普通だ・・・・・・った」

優は静かに小さな声で言った。

私は、可愛い口をパクパク動かしながら、お喋りをする沙希の澄んだ声が好きだった。

沙希の音読や歌声は、耳に心地よく流れてきていた。

”私は、お喋りが出来なくなった沙希に、”沙希の声は可愛かったよ”と言いたいのを我慢した。

「沙希の声は、ここにいるだけで、聞こえてくるよ」

隆弘が、沙希にそう、答えると、嬉しそうな顔になった。

確かに、文字盤を使っていても、メモを書いていても、沙希の声が聞こえそうだった。

 

優は下を向いたまま落ち込んでいる。本当は、可愛いかったよって、言ってあげたかったんだよ。

それが、喋れなくなった沙希には辛いと思って、普通だって言ってしまった。

そんな優が可哀想になった。

「なに?」

隆弘は、沙希の横に座ったまま、頬を寄せるように聞いていた。

「文字盤使うか?」沙希は目を、パチッと1回閉じて合図した。

文字盤は、裏、表ある。表には五十音順が並べられている。

文字盤の裏には、くるしい、いたい、きゅういん、おかあさん、おとうさん、

わたし、たかひろ、あやか、ゆうき、ほしい、よこむく、くちふいて、ありがとう、いや、等の必要な用語が並んでいる。

 隆弘は沙希の眼を追った。「ゆう」の文字の所で、パチッ、「ありがとう」の所で、パチッとしてくれた。

優は、沙希の事を思って言った言葉が、沙希を傷つけてしまったのではないかと心配して落ち込んでいた。

でも、沙希にはちゃんと伝わっていた。

しかし、当の本人は立ち直れない様子で、話が上の空になっていた。

優が可哀想になって「帰ろうか」

私は優と隆弘に声をかけた。

「そうだな」

と隆弘が椅子から立ち上がった。

 

沙希が、目をパチパチと2回一生懸命閉じようとしていた。

最近、長い時間のコンタクトは、疲れるようになってきていた。

「じゃあ。俺と2人きりになりたいのか?照れるなぁ〜」

「まっさかぁ〜、ありえない」

沙希を囲んでみんなで笑った。みんなで面白くて笑っただけだった。

だけど、沙希の喉に穴を開けて入っている筒から、痰が“ゴボ、ゴボッ”と噴き出してきて、苦しそうな顔に変わった。

怖かった。だけども足がすくんで動けないでいた。

「沙希、沙希」何度も呼んでいる隆弘の声。

 

気管切開、それを繋いでいるホースが、機械のアラームを鳴らし、看護師が駆けつけてきた。

これで死んでしまったらどうしようと、3人で顔を見合わせ、目の前の出来事が怖くて退散した。

 

 以前、沙希は、絶対に気管切開なんかしないと言っていたらしい。

しかし、呼吸をするのも苦しくなり、その苦しさのあまり、

「助けて!喉に穴を開けて」と叫んだらしい。

それから大きな大学病院で気管切開をした。

状態が安定して、澤村病院へ戻ってきた。大学病院にいた優のおばさんが、週に1回沙希の担当医としてここへ来る。 

 

沙希は、生きたかった。気管切開をしてお喋りができなくなっても、生きていたかった。

沙希の気持ちは、表情や文字盤で伝わる。隆弘とそのやり取りができる時間が、沙希の支えになっている気がする。

 私達3人は、沙希のお陰で、生々しい病気との戦いを見て、他の友達よりも医療について学んだ。

人工呼吸器にも興味を持ち学び波形を読んだ。

 

そして、沙希の前だと、天の邪鬼になれない。みんな思っている事を素直に伝えたかった。

意地を張っている場合ではない。そんな時間すら勿体無い気がした。

自分の思いを、素直に伝えたかった。それは、同情ではなく、思いやりだった。

このひと時だけは素直に成れる。素直になると人はやさしい言葉が出てくる。

 限られた時間に流されている沙希を見て、自分達の時間も大切に思うようになっていった。

訪問看護って面白いですよ。

  • 2017.09.24 Sunday
  • 14:34

ラジオの放送局で、流れる曲をイメージしながら、毎日ブログを書こうと思っていたのですが、見てくれる人の少なさに、やる気をなくしておりました。

 

しかし、物書きの性のは逆らえない所もあり、また、きっと、私は書くのだろうと、それを自分で感じています。

散歩道、金木犀の香りがしていたのを感じたからかもしれませんね。

 

私は、時々、小説を書いており、二ヶ月前、今回の作品を出版社の方に相談し、出版しようと思ったのですが、自費出版には多額の費用がかかるので、やめました。

家族は、私が小説を書くごとに、同じたわ言で騒ぐので、「また、始まった」と、もう誰も相手にしてくれません。

確かに家族の気持ちはわかりますけど。

 

しかし、今回の作品は「医療費削減」「思いやり」「5感」「母性愛」「人間的本能」「訪問看護」「訪問介護」「在宅医療」「人間愛」「人生のタイミング」「生と死」「延命」「余命の残りの時間の過ごし方」について書いた物であり、今後の医療に役立てて頂きたい課題を、提供した物です。

 

週休2日の時間の中で書いている物ですから、未完成ですし、文の構成や編集企画も未完成です。

それを見ていただくのも、お金がかかります。また、いつものように、折角書いた物をゴミ箱に捨てようかとも思いました。

でも、もしかしたら、今回は誰かが読んでくれるかもしれない。

期待むなしく、読んでくれる人がいないかもしれない。

けれど、それでも構わない。”やってみよう”と思いました、

 

だから、このブログで、それを綴っていこうと考えて、このブログを始めました。

 

今、医師監修中です。

終わり次第、この優菜笑に載せていきます。

 

長い小説でも、案外心に残っているものは、たった1行の言葉のような気がします。

その1行を、誰かに送れる日を夢見て。

 

 

 

 

人それぞれ

  • 2017.10.07 Saturday
  • 23:56

 

すっかり秋めいてきて、夕暮れになると肌寒さを感じます。

来月は、私の誕生日です。もう50歳を過ぎると、有り難くもないものですが、なんとなくそこで、リセットできる気になります。

 

私には、子供が3人いて、全員成人しております。

それもまた、寂しい気がしています。

子供が成人したなら、自分の時間が持てると、ずっと励みにしてきたのに、あるものは寂しさだけでした。

自分の人生を振り返ると、見返りが欲しくなるものですが、見返りを求めるなら、初めからやらない方が良い。

「自分がそうしたいから」それで良いのではないかと思う。

 

私は、自由人です。人の行動や言動にあまり興味がない。

人のことはどうでも良いというのではなく、人は「人それぞれ」ではないかと思う。

好きな人の気落ちや友人の心の中にある本当の思いが、正論かどうかなどわからない。

思いが異なれば、それは単に自分と合わないだけであって、「人は人それぞれ」それで良い。

 

不思議と人は、人が苦手なようでもあり、人を恋しくも思うものですね。

 

訪問看護で、精神看護を主に受け持っていた時、どうしてこんなに依存性が高いのか、その気持ちが理解できずにいたけれど、更年期を迎え、思いにふけるとき、虚しさや切なさがこみ上げてくる自分の感情を、今抑えるのに精一杯で、不安感の中私に訴えてくださった精神疾患の方の想いが、理解できるようになりました。

 

人は生きていくのが辛いけれど、ある程度妥協して、生きていかなければならないし、また、生きてゆきたいと思う。

 

戦争で生死を彷徨った方々から言わせると、きっと「あなたは甘い」そう言われそうです。

 

いろんな人がいますが、「人は人それぞれ」

「あなたは、あなた」それで良い。

きっと、誰かがあなたの声に、耳を貸してくれる。だから寂しくない。

人を好きな自分を好きになれますように。

私は、そう信じて、明日もまた、笑顔で残りの時間を楽しみます。

 

 

 

 

 

これまで

  • 2017.10.12 Thursday
  • 10:55

JUGEMテーマ:幸福に生きる

小説に書き綴っている内容は、医療関係者でないと分かりづらい文面もあり、伝わっていない不安があります。

 

ここで、一旦、医療関係者以外の方にもわかるように、伝えたかった内容を呈します。

 

医師、看護師は国家試験合格をすれば、それで満足してはいけない。

  自分は勉強したから、病気のことを理解しているから治療が「出来る」

  それは、大きな間違いです。

  多くの症例をみて、臨床経験を積めば、誰でも出来るようになるのか?

  それも、違います。

  何十年臨床経験があっても、学ぼうとせず、毎日、お給料のためだけに、仕事をこなしている人と、

  頭から足の先まで、患者さんの状態を、観察している方とでは、大きな差が出てきます。

  そして、本来人が持っている動物的本能や5感が優れている方の天性の力が必要です。

  ある意味、医学を学べば実践できるというより、それを活かすのに必要なものは、

  天職であるかどうか?かもしれません。

  それは、素質という「センス」です。

  何年間の経験が優先ではなく、いかに深く接しているかにもよります。

  そこにあるものは、人間愛です。

  そこにあるものは、患者さんから学ばせてもらっているという謙虚な姿勢です。

  これから、医療従事者となる方へ

  人の命に対して「責任を持って接してください」

  目の前にいらっしゃる方は、あなたへ自分の命を差し出してくれているのです。

  その思いに報いる努力をしてください。どうか多くを学んでください。

 

                                             以上

JUGEMテーマ:短編小説